その13はこちら
あの試合のことは今でも鮮明に覚えている。
映像も何度も見返している。
自分が戦った試合だから展開も動きもすべてわかっているはずなのにいまだに映像を見るたびに手に力が入ってしまう。
試合序盤いつものようにフットワークと左ジャブでリズムをつかみペースを作ろうとした。
だがこの日はまったくうまくいかなかった。
いや正確には圧倒的な力技によってこちらのリズムが完全にかき消されてしまったのだ。
その瞬間に抱いた直感。
「あ…このままじゃ、倒される…どうにかしなくては…」
それは今振り返っても本当に見事な判断だったと思う。
けれどそれまでの自分はそのスタイル以外で戦ったことがなかった。
だが「勝ちたい」という強い想いと「このままではダメだ」という危機感が自分でも驚くような行動を引き出した。
まさかのインファイト。
これまで一度もやったことのない戦い方だった。
だが自分の得意な距離では相手に分がありこのままではやられると肌で感じていた。
頭をフル回転させ過去に観てきたインファイターたちの動きを思い出し必死に実践した。
普通なら練習していないことは試合で出せるはずがない。
今でもそう思っている。
だがあの時だけは理屈や理性を超えた「野生」が自分を動かしていたのだと思う。
後にテレビでその試合を観たとき意外にもなかなか良いインファイトができていた。
実況と解説のやり取りにも思わず笑った。
実況:「セコンドからは距離を取れ、足を使えという指示が出ています。」
解説:「ですが鈴木は、指示通りに戦っていませんね。」
笑った。
だけど同時にあの場にいたセコンドには自分が感じたあの「危機感」は伝わっていなかったのだろう。
当然だ。
セコンドも私がインファイトで戦う姿なんて一度も見たことがなかったのだから。
不安で仕方なかったはずだ。
それでもペースを握り始めた自分を見てセコンドの声は変わった。
「ナイス! ナイス!」と。
その時強く思った。
やはりリングの上では最終的に自分自身の感覚を信じて戦わなければならない。
セコンドの指示だけを頼りにして負ければ「あのときこうしておけば…」と後悔が残るだろう。
逆に指示を無視して負けたら「言うことを聞いておけば…」とも思ってしまう。
だからこそ大切なのは自分の意見とセコンドの意見両方を加味したうえで最終的に自分の意思で決断し行動することなのだ。
話を試合に戻そう。
続く
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