その10はこちら
試合の日がとうとうやってきた。
地元・八王子での初めての試合。
この日は今まで後楽園ホールまで足を運ぶことができなかった人たちに良いところを見せる絶好のチャンスだった。
しかも全日本新人王を獲得し日本ランキングに名を連ねての初の試合。
否が応でもでも気合が入らないわけがない。
同じジムからは多くの選手が出場していたがみんな似たような気持ちだったのだろう。
試合内容は覚えていないが会場全体が盛り上がっていた記憶はある。
そしてついに私の出番がやってきた。
特別なことはしていない。
毎試合しっかりとクリアしていくただそれだけの気持ちで今回もトレーニングを積んできた。
「鈴木コール」「悟コール」をたくさん受けながらリングに入場していきながらどんどん自分の体と感情が硬くなっていくのを感じた。
リングに上がって相手を見たときには完全に緊張に飲み込まれ「KOすることしか考えられない」という状態になってしまった。
完全にかかり気味の競走馬状態だ。
相手はKO数が多くパンチ力もある選手だったのでトレーニング中から注意は受けていた。
そんな状態の中でもそのことだけは頭の中にしっかり入っていた。
ゴングが鳴り試合開始。
元々私のスタイルはフットワークと左ジャブを多く使って右ストレートを打ち込むスタイル。もちろんそのように動きながら試合を進めていった。
そしてそれにより相手はあまり手数を出せなくなっていた。
右手を骨折して使えなかった期間ひたすら左のパンチを打ち続けてきたので左手の技術は格段に上がりかなり自信を持っていた。
しかしそこで思わぬ落とし穴が待っていた。
フットワークと左ジャブで相手を翻弄し右ストレートを打ち込むタイミングをうかがっていた
その瞬間にそれは訪れた。
右ストレートを放ち相手がガードをした。
これまでならそこでバックステップなどを踏んで仕切り直しをしていたと思う。
しかしたくさん左をトレーニングしてきたおかげで自信がつき動きの中で
「右のパンチから左のパンチを返す」という癖がついてしまっていた。
その自信と力を思いっきり込めて左ストレートを打ちに行った瞬間相手も同じタイミングで左フックを打ってきた。
私の左ストレートは相手の頭の横に外れたのに対し相手の左フックは私の顔面を見事に捉えた。
左のパンチの自信が打ち砕かれたとともに目の前が真っ暗になり自分の体が倒れていくのが分かった。
倒れていくのはわかっているのだが体を動かすことができず体勢を立て直せずリングにそのまま叩きつけられ倒れ込んでしまった。
後で映像で見返してみると足の筋肉が硬直して足がおかしな形になっていた。
意識はあったが立ち上がっても体が思うように動かずふらついているところをレフェリーにストップされてしまった。
全日本新人王を獲得し地元八王子での凱旋試合。
普段は観に来られない人たちに良いところを見せようと意気込んだ結果1ラウンドTKO負けという壮絶惨めな姿を地元の友人や知人にさらす羽目となったダメ人間はなのであった。
続く
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