その15はこちら
相手はもはや反撃の意思を見せず完全にディフェンスに徹していた。
こうなる、捕まえるのは至難の業だ。
私は必死にパンチを出し続けたが相手はのらりくらりと巧みにかわしてくる。
結局そのまま7ラウンドが終了。
ダウン寸前まで追い込まれ体力も限界に近づいていた。
それでも気持ちだけは折れていなかった。
次のラウンドで何をすべきか疲れきった身体と同じくらい消耗した頭を必死に働かせていた。
正直なところセコンドの声はまったく耳に入っていなかった。
そして迎えた8ラウンド。
なぜかお互いに気合を入れ直すかのようにしっかりとグローブタッチを交わしてから戦闘態勢に入った。
その時だった。
相手が自陣からリング中央に歩いてくるその仕草やリズムを見てまたしても鋭いインスピレーションが走った。
相手とリズムを合わせまるでシンクロするように動きジャブに合わせた右のオーバーハンドフックを放った。
ヒットはしたがオープンブローだったため大きなダメージは与えられなかった。
だが相手は後退。
すかさず追撃を浴びせた。
この瞬間はっきりと「これだ!勝てる!」という確信が生まれた。
やっと譜面が完成したのだ。
ここまでのラウンドのようにガードを固めてただ前に出るのではなくパンチをすぐに出せるようガードは低めに構え身体を左右に揺らしながらリズムを刻んで前進する。
時にはロングレンジから自分本来のジャブも混ぜる。
まさに自分の知識・経験・技術すべてを結集したスタイルだった。
試合後にテレビで映像ををみたら実況が「鈴木は独特な動きをしていますね」と言っていたが「でしょうね」と共感した。
その独特な動きで8ラウンドは優位に進めたがやはり相手も強かった。
簡単にはペースを渡してくれずこちらが作り上げたリズムにしっかり割り込んでくる。
だがここまで積み上げてきた自分の譜面はそれすらも織り込み済みだった。
そしてその刹那に放った右ストレートが見事にクリーンヒット。
ズシンと伝わる確かな手ごたえがあった。
続く
コメント