自己紹介 その12

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負けた。
たくさんの初めて私の試合を観に来てくれた友人や知人の前で。
全日本新人王を獲得し日本ランカーにもなったのに格下とも思えるノーランカーに。
しかも1ラウンドKOで。
何もかもが恥ずかしくて悔しくて惨めで仕方なかった。
その時他に何を考えていたのか何を感じていたのか一切覚えていない。
ただただその3つの感情に支配されていた。

そしてこの敗戦は私の心に深いトラウマを植え付けた。
ひとつは緊張と恐怖。
試合が近づくたびに緊張と恐怖がじわじわと膨らんでいきリングに上がる直前のタラップの前では吐きそうな状態になるほどだった。
いつもそんな状態で試合を始めて試合中にどうにかするしかなかった。

もうひとつは会場。
後楽園ホールではその激しい緊張状態をうまく丸め込んで戦い勝つことができていた。
しかし負けた試合はすべて後楽園ホール以外の会場だった。
今回の負けで3回目。
あの時もあの試合もすべてが同じような感情で戦っていた。
「この緊張をどうにかしない限り勝ち続けることはできないのではないか?」
「後楽園ホール以外の会場では勝てないんじゃないか?」そんな不安が頭をよぎり
「やっぱり俺にはボクシングでチャンピオンになるなんて無理だったんじゃないか?」と自分を疑い悩みながら月日が流れていった。

当時のジムの会長も私にその試合を組んだ時には私に経験を積ませるために格下だと思われる相手を用意してくれたのだろう。
そしてまさかその相手に私が負けるとは思っていなかっただろう。
しかしその後私の気持ちを汲んでくれたのか1ラウンドKO負けをしたその相手との再戦を決めてくれた。
負けてから約半年後くらいに再戦の決定だったと思う。
正直生まれてしまったトラウマに対しての不安を抱えていたが1ラウンドKO負けで恥をかかされっぱなしは許せなかった。

再戦が決まった時絶対にやり返してやろうという怒りの感情も湧き上がっていた。
そしていつものように仕事とトレーニングの日々を続け前日の計量も問題なくパス。
試合当日いつものように吐きそうになるほどの緊張と恐怖を抱えながら入場しリングイン。
前回の1ラウンドKO負けの悪いイメージが脳裏に浮かびいつも以上に強く緊張と恐怖の感情に支配されていた。
やり返してやるという怒りの感情とここは後楽園ホールだというその思いだけが少し私を慰めてくれた。

そしてゴングが鳴った。
私のスタイルはフットワークと左ジャブで相手を翻弄しタイミングを見て右ストレートを打ち込むというもの。
前回の1ラウンドKO負けのことが頭にあったので私はよりそのスタイルに徹底しそれが幸いした。
2ラウンド目1ラウンドと同じようにフットワークと左ジャブで翻弄して隙を作ることに徹底していた最中だった。
感覚的な話になるので理解できないかも知れないがフットワークで動きながら攻撃を繰り出していると自分の中にリズムが完成してくる。
「トン・トン・トン」「トン・トトン」「トトン・トン・トトン」といった具合にいくつも作ることができる。
後に鬼滅の刃の宇髄天元の「譜面が完成した!」は週間少年ジャンプで読んだ瞬間「そういう表現方法があったか!」と理解と共感ができすぎて震えた。
私の中での「譜面」とは相手と自分の動きの特徴や癖をリズムに変えてそのパターンを組み合わせて有利に進めるということだった。
この時も試合の中でその「譜面」を作り始めていた。

その作業の最中突然今までに聴いた事のない「カチッ」という音が聞こえた。
まるで歯車が噛み合ったようなパズルのピースがはまったような感覚だった。
その瞬間私の気持ちは一気に高まった。
「右ストレートを思い切り打つんだ!」「勝ちに行くぞォオ!」と。
私は全力で右ストレートを打ち抜いた。

その右ストレートは見事にクリーンヒット。
体にものすごい衝撃と手ごたえを感じ相手がダウンするのを見て私はニュートラルコーナーから「これはもう立てないんじゃないか?」と思いながら気持ちを切らす事なく見つめた。
しかし予想に反して相手はふらつきながらも立ち上がった。

「仕留める!」そう思ってニュートラルコーナーから飛び出しラッシュをかけようとしたがよく考えたらダウンした相手に畳み掛けるようなラッシュの練習なんてした事がなかった。
しかし逆にそれが良かったのかもしれない。
相手をよく見て冷静に左ジャブを数発打ち右ストレートを再びクリーンヒット。
その瞬間相手はバッタリとリングに倒れレフェリーが試合をストップした。

「やり返した!」
この試合でボロクソにされたプライドを取り返し戦いながら「譜面」を完成させるという技術を身につけることもできた。
大きく剥けたダメ男のサクセスストーリーが本格的に始まる瞬間を迎えたのだった。

続く

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